修錬会はいつ終わる?
「真の父母様主管 世界指導者特別教育」
   120日修錬会の恩恵 その8

(前回からの続き)

私は会社から6/30まで休暇を頂きました。

「真の父母様主管 世界指導者特別教育」120日修錬会は2010/2/26に始まりましたので終了予定の120日目は6/26です。ですから十分余裕をもって休暇を頂いたことになります。

ところが、6月中旬頃から「どうやら修錬会は6/26には終わらないらしい」という雰囲気になってきました。

と言うのも修錬会の終了に関して文亨進世界会長が真のご父母様にお尋ねしてもお返事がないらしいのです。

なにしろ「“真の父母様主管”世界指導者特別教育」120日修錬会ですのでこの修錬会の主管者である真のご父母様からの指示がないまま修錬会を終了する事はできません。

真のご父母様は霊的感性で“時”を観ておられるので、我々の感性からは計ることができない場合があります。

そもそも120日修錬会自体が前代未聞です。統一教会の歴史上最長の修錬会です。何か“特別な事態”が生じても全く不思議ではありません。

「修錬生は修錬会終了後は自分の国には戻らず世界指導者として世界に出て行くように!」という事も十分考えられます。

お父様が沈黙しておられる時は要注意です!
( ̄ロ ̄;ll)

結局、真のご父母様から何も指示がありませんのでお父様の代身者であり相続者である文亨進世界会長の裁量で6/25に終了式を行う事になりました。

今年は6.25韓国動乱60周年にあたる特別な年なのですが、実はこの120日修錬会は摂理的に「6.25韓国動乱60周年」と密接な関係があり(ブログ「先祖と霊界」2010年06月24日、25日をご参照下さい)、その為に6/25を終了式の日として選んで下さったのだと思います。

「いったいこの修錬会はいつ終わるのか?」と思っていた修錬生は一同安堵いたしました。

ところが!ナント!!

6/25に行われるはずの終了式が突然中止になったのです?!
( ̄O ̄;)・・・

(続く)
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本当に会社をクビになるとは・・・
「真の父母様主管 世界指導者特別教育」
   120日修錬会の恩恵 その7

(前回からの続き)
その時は次男が生まれてまだ4ヶ月しかたっていませんでした。

次男は生まれつき脳の血管に腫瘍がある難病で、脳に血液が送れないため脳細胞の一部が死んでいる状態で生まれました。
発作が起こり脳に血液が送れない状態が続けば死に至る危険もありましたが、私たち夫婦はジャルジン修錬会に参加することを決断したのです。

しかし、そのような状態の赤ちゃんを修錬会には連れていけませんので所属教会にお願いし、ある祝福家庭に預かって頂く事にしました。

このブログを読んでおられる方の中には「親としてよくそんな事ができるな!子供の命を軽んじている!!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。たしかにこのような事は常識では考えられない事だと思います。

しかし、文鮮明先生ご夫妻も真の父母としての使命と責任を果たすため、そのような道を何度も歩まれたのであり、先輩家庭においても神のみ旨を歩む中で、乳飲み子さえも置いていかなければならない歩みがありました。

人類の復帰路程において蕩減は避けて通れない道であり、誰かがやらなければなりません。
避けて通れば、後孫、あるいは真のご家庭が加重された蕩減の分までも背負うことになるのです。
イエス様が罪なき方であるにもかかわらず人類の罪(蕩減)を十字架として背負っていかれたように・・・

私たち統一食口はこのような蕩減、犠牲を後孫に残さないために私たちの代が犠牲になることを選択した者達であります。

もちろん、乳飲み子を置いていく事は親としては簡単な事ではありません。親としては最も困難な選択であり、苦渋の決断です。

しかし、アブラハムが「ひとり子イサクを燔祭としてささげなさい」という神様の命令に従う事によって、結局はイサクに手をかけることもなく神様から祝福を得ました。

また、神様ご自身も全人類を救うためにその一人子であるイエス様を犠牲にすることを選択されたのです。神様のその苦渋の決断によって私たち人類には霊的救いの道が残され、今日、再臨主による霊肉共の完全な救いの道に至る事ができるようになったのです。

結果的にはこのジャルジンの修錬会参加中、次男は一度も発作を起こさないどころか何の病気やけがもなく、また泣いて周囲を困らせる事もなく神様が守り導いて下さいました。

そして私も50日間という長期間の修錬会参加にもかかわらず職を失うこともなかったのです。

このようなジャルジン修錬会での経験やその後の様々な神様との出会いを通して「決意すれば、神様が守って下さる。死なんとするものは生きる。」という思いがありました。

ですから今回、クビを覚悟で会社から長期休暇の許可を頂いた時「やはり大丈夫だったか(やはり神様は守って下さった)」と思ったわけです。

しかし、そう思ったのも束の間、その後本当に会社をクビになるとはこの時点では思ってもみませんでした・・・
(続く)

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死に至る危険もありましたが・・・
「真の父母様主管 世界指導者特別教育」
   120日修錬会の恩恵 その6

(前回からの続き)
私は普通の会社員ですので会社を2ヶ月間休むことは困難に思いました。

しかし「クビになり会社を辞める事になってもよい」という覚悟で会社に長期休暇を申請したところ驚くべき事に許可をもらう事ができたのです。
不況でリストラが吹き荒れ、いつクビになってもおかしくない時代にあって、このように長期休暇がとれてしまった事に神の導きを感じました。

ただ、その一方で「やはり大丈夫だったか」とも思いました。

と言うのも、私は1999年2月にブラジル・ジャルジンで行われた修錬会に家族で参加させて頂きましたが、その時もやはり普通の会社員(現在とは別会社)でありながら約50日間休暇をもらって参加する事が出来たのです。

しかも、その時は次男が生まれてまだ4ヶ月しかたっていませんでした。

次男は生まれつき脳の血管に腫瘍がある難病で、脳に血液が送れないため脳細胞の一部が死んでいる状態で生まれました。
発作が起こり脳に血液が送れない状態が続けば死に至る危険もありましたが・・・
(続く)

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会社をクビになる覚悟で・・・

「真の父母様主管 世界指導者特別教育」
   120日修錬会の恩恵 その5

(前回からの続き)
私は今回の真の父母様主管 世界指導者特別教育」120日修錬会は途中の61日目からの参加になります。

実は、私が所属する教会の教会長がこの修錬会に参加しておられたのですが、現場(日本)での責任を果たす為に日本に戻られることになったのです。

ある日の早朝4時30分頃、突然、教会長から「後任として参加できないか?」という連絡を頂きました。

ところで、私は教会では何も役職を持たない一食口にすぎません。
真のご父母様が主管なさる“世界指導者”特別教育なのに私のようなものが参加してもよいのだろうか?
何故私のようなものに声がかかったのだろうか?と思いました。

その一方で「神様は私のような者でさえ用いて下さった。」とも思いました。
というのも信仰生活は山あり谷ありだとは思いますが、その時の私はひどい谷の状態で祈ることさえもままならない状態だったのです。

ですから、教会長が声をかけて下さったことを「真のご父母様が直接私を呼んで下さった。」「真の信仰者となる為の転機を与えて下さった。」と解釈し、参加する事を決意いたしました。

私は普通の会社員ですので会社を2ヶ月間休むことは困難に思いました。
しかし「クビになり会社を辞める事になってもよい」という覚悟で会社に長期休暇を申請したところ・・・
(続く)
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「真の父母様主管 世界指導者特別教育」120日修錬会の恩恵 その4

210拝敬拝の恩恵(3)


(前回からの続き)
・・・
かなりハードな戦いだがその甲斐あってその後、この「特等席」で多くの恩恵を受ける事になるのである。

「特等席」で受けた恩恵は外的恩恵と内的恩恵の二つである。

(1)外的恩恵
敬拝のやり方を訓師様(フンサニム)から直接指導して頂いた。

それまでの私の敬拝のやり方(A)は

1.原理を立て(統一マークの円を手で描き:授受作用を表す、統一マークの四角を手で描く:四位基台を表す)、
2.膝を床に着き
3.手を着きながら頭を床に近づけお辞儀する
4.顔を上げ立ち上がる

このような手順であった。

これは私だけでなくおそらく、ほとんどの食口はこのやり方で敬拝していると思う。

しかし、訓師様のやり方(B)は次のごとくであった。

1.原理を立て(統一マークの円を手で描き:授受作用を表す、統一マークの四角を手で描く:四位基台を表す)、
2.まず手を床に着き、次に膝を床に着ける。この時かかとは浮いた状態である。
3.手を床に着けたまま頭を床に近づけお辞儀する
4.膝を床から離し、最後に手で軽く床を押すような感じで立ち上がる

このような手順であった。

(A)と(B)の大きな違いは2.と4.である。

訓師様の説明では「一回だけ敬拝する場合は(A)のやり方でもよい。しかし、何回も敬拝する場合は(A)のやり方では膝を痛めてしまう」ということであった。

更に2.で床に手を着く時はなるべく体に近い位置に手を着くのがよい。個人の体の大きさにもよると思うが身長170センチの私の場合は足下から50〜60センチ前方に手を着く(イメージ的には手を置く、添えるという感じ)、そうすると4.で軽く手で床を押すだけで立ち上がる事ができる。
2.で体から遠くに手を着くと4.で立ち上がる時、床を強く押さなくてはならなくなるのだ。

そして4.で立ち上がりながら鼻から息を吸い、1.2.3.で息を吐く(実際は「ハナニム、チャンプモニム、カムサハムニダ(神様、真のご父母様、感謝いたします)」と声に出す時に自然と息がもれるので、吐く事を特に強く意識する必要はない)。

この呼吸も非常に重要である。
聖書の創世記 2章7〜9節に「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」とあるように、人は鼻で息を吸う時に神から命を頂く、神の“気”を頂くのだ。そして息を吐きながら体の悪い“気”を出し浄化するのだ。

訓師様は修行の時、呼吸の重要性を何度も説かれたのだが、とりわけ瞑想において呼吸は非常に重要である。
(瞑想、呼吸についてはまた別の機会に詳しく述べたい)

この(B)のやり方をマスターするだけでも210拝敬拝は全く違ったものになる。

実は・・・

私はこの(B)のやり方をマスターするのに2週間ほどかかった。

と、言うのも2.で床に手を着く時はなるべく体に近い位置に手を着くのがよいのだが腹が出ている私は腹がじゃまで体を折り曲げる事ができず遠くにしか手を着くことができなかったのだ。

この頃はすでに私の腹は“股ズレ”ならぬ“腹ズレ”を起こしていた。
敬拝の度毎に二段腹の一段目と二段目がスレてしまい赤く腫れ上がってしまっていたのだ!

幸い修行の甲斐あってか、修錬会中7キロも痩せる事ができ、お父様体操、気功などで体も柔らかくなり“腹ズレ”はいつのまにか消えた。

(2)内的恩恵
そして、40拝敬拝でさえ逃げだしたくなる私が「210拝では足りない。もっと敬拝を捧げたい」という気持ちになったのはまさに内的恩恵によるものだ。

一番前の列で参加すると、周りの兄弟姉妹も積極的に参加する意識の高いメンバーなので霊的雰囲気がよく、良い啓示、良いアイデア、良いインスピレーション、良い気付き、などを受けやすくなる。

これは敬拝に限った事ではなく、
積極的に歩む→周りもよい霊的雰囲気(環境)なので→多くの恩恵を受け→更に積極的に歩む、という良循環が生じるが、
消極的に歩む→周りも霊的高まりがない環境→恩恵を感じにくくなる→益々消極的になる、という悪循環に陥るように思う。

一番前の列で参加するようになったある日、次のような“気付き”があった。

口では「ハナニム、チャンプモニム、カムサハムニダ(神様、真のご父母様、感謝いたします)」と210回も言って(実際は少しでも楽をする為に心で唱えるだけで口に出して言うことさえしなかった)いるにもかかわらず、頭の中、心の中では
「今、敬拝○回目、あと○回で終わる」「今日のスケジュールは何だったっけ?・・・」「昨日のあの件は・・・」などなど・・・

神様、真のご父母様の事など全く考えていない自分!

神様、真のご父母様の事など全く心にない自分!

全く感謝していない自分!

210拝の敬拝中「神様、真のご父母様、感謝いたします」と“お題目”を唱えるだけで、私の頭の中、私の心の中は自分の事でいっぱいだった!!

修錬会中、八大教材教本を何度も訓読させて頂きながらも、神様の心情・事情より自分の心情・事情を優先して堕落してしまったアダム・エバの姿と何ら変わることがない私!

210拝敬拝中、この情けなく醜くい自分自身の姿を発見し、涙が止まらなかった。
こんな者の為に「死んで」「死んで」「死んで」・・・七度も死んで(七死復活)私を生かそうとして下さった真のご父母様!!

この後、泣きながら敬拝を捧げ気がつけば210拝敬拝が終わっていた。
しかし、あまりにも申し訳なく次のスケジュールがなければそのまま敬拝を続けたい気持ちで一杯だった。

次の日から私の210拝敬拝に対する姿勢は一変した。

「ハナニム、チャンプモニム、カムサハムニダ(神様、真のご父母様、感謝いたします)」と大声で叫びながら“神様、真のご父母様、感謝いたします”“神様、真のご父母様、感謝いたします”この事だけに心を集中させた。

気がつけば、感謝、平穏、謙遜、喜び、希望、平和・・・の心と体で210拝敬拝が終わる毎日となった。

神様と真のご父母様の真の愛で心と体を包まれながら敬拝を捧げさせて頂く事の尊さを教えて頂いた。

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